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1 白煙の彼方から |
1 白煙の彼方から
タック タック タック タック・・・・・
同じリズムを刻みながら、ワイパーが忙しなく動き続けている。それでも雨は捌け切らない。車窓を叩く雨は相変わらず大粒で、視界は最悪と言っても過言ではない状況だ。 水煙を巻き上げながら、白いチェイサー・ツアラーVが東名高速道路を西から東へと駆け抜けていく。 「・・・ああ。悪いね純子ちゃん。じゃあ、お言葉に甘えて直帰させてもらうよ。あなたも気をつけてお帰り。本多さんには戸締りもよろしくと伝えてくれ」 純子には糞真面目な彼氏が毎日迎えに来てくれることを知っていながらあえてそう付け加えると、彼は携帯電話に繋がっているイヤホンマイクを耳元から取り去った。 「それにしてもよく降るこって」 彼は既に白髪の方が多くなってしまった頭を動かして、首の関節をコキリと鳴らした。そして、バックサイドビュー・ミラーに視線をやった。叩きつける豪雨と、自らが巻き上げる水煙とで、ミラーの中の景色も限りなく白い。 「事故して『お悔やみ欄』に載るのだけは勘弁だぜぇ」 単独での長距離走行だ。なにげに独り言が多くなってしまう。 視線を正面に据えたまま、胸のポケットからセブンスターのボックスを取り出す。と、彼は『しまったな』という表情になった。細身のターボ式ライターは助手席に置いた上着の内ポケットの中だった。 彼は左手をシガーソケットにやった。一瞬、ほんの僅かだけ注意がシガーソケットの方に向いたときだった。 「ッ!!」 甲高いエンジン音が、彼の愛車の右脇を掠めるようにして抜き去った。小さな赤いテールランプは白煙の中に溶け込んで、あっと言う間に見えなくなってしまった。 彼は唖然としてしまった。銜えていた煙草は股の間に転がっている。 「・・・バイクか?馬鹿野郎が、いったい何キロ出し・・・」 チェイサー・ツアラーVのスピードメーターは100km/hの辺りを指している。 彼はゾクリとした。 「・・・死ぬ気か?」 彼は煙草を足元に弾き飛ばすと、アクセルを踏み込んで全神経を運転に集中させた。 120、130とスピードを上げては次々と先行車を抜き去って行く。その途中でサービスエリアやパーキングエリアがあれば片っ端から乗り入れて、あのオートバイを探した。彼は何も考えてはいなかった。ただ、何故かあのオートバイを見つけ出したい。それだけだった。 二カ所目のサービスエリアから飛び出して、危なげなく本線に合流する。 スカイラインを抜き、タンクローリーを抜きにかかろうとしたときだった。 テラテラと輝く赤色灯と『事故』の二文字が眼に飛び込んできた。 (!) 心臓に一瞬、痛みが走る。腹の奥がズンと重くなるような鈍い緊張感。 彼は軽く頭を振った。 『いや、違う。警察が来るには早すぎる』 車線変更をして、スピードを殺し、事故現場の脇を擦り抜ける。案の定だ。紺色の軽乗用車が鉄柱を相手に相撲を取っていた。巻き込みはなかったようだ。緊張の糸が緩む。
事故現場を通過してどれくらい走っただろうか。彼の緊張感はプツンと途切れてしまった。 「ハーッ・・・・」 アクセルを踏んでいる右足から力が抜けて、スピードは90km/hの辺りまで落ち込んだ。肩からも力が抜ける。彼は左手の指先で目頭を押さえた。 スピード差で置いていかれたのか。どこかのインターチェンジで降りてしまったのか。それとも単に探し損ねているのか。はたまた、幻でも見てしまったのか。 彼にはあのオートバイを見つけることはできなかった。
いつの間にか雨は小降りになっていた。しかし雲は厚く、日没までまだ時間があるというのに辺りは既に暗くなり始めている。 左ウィンカーを点滅させながら、白いチェイサー・ツアラーVは富士川サービスエリアに滑り込んで行った。とりあえずガソリンを満タンにしてから、のっそりと駐車スペースへと移動した。 彼がトイレから出て、自動販売機の前で小銭を取り出しているときだった。 ドウッ! デュリュリュッ・・・ 低回転での、独特のエンジン音。聞き間違うはずもない。 「!」 彼は身体ごと振り返った。赤い切っ先が彼の視界を右から左へと通り抜けていく。
KAWASAKI GPZ900R 通称『Ninja/ニンジャ』
ニンジャはサービスエリアの端の方に行って止まった。すぐに出て行くような気配はない。 彼はホットコーヒー二缶を手に、霧雨の中をゆっくりとニンジャに歩み寄った。 「お疲れさん」 見知らぬ男に声を掛けられて、ニンジャのオーナーはぎょっとした様子で振り返った。 「だいじょーぶ。オマワリじゃねぇから」 彼は歯を覗かせて笑いかけた。が、そう言われてすぐに警戒心を解くわけもない。 ニンジャのオーナーは細身で長身の青年だった。優に180cmくらいはあるだろう。ロンゲの茶髪で、目鼻立ちのくっきりとした、一見ワイルドな感じのする顔だ。年齢は二十五、六か、もう少し上だろう。 「途中できみにブチ抜かれて、躍起になって追いかけていたんだが。いつの間にか追い越していたらしい。あの大雨ン中を我ながらよく事故らずに走ったもんだ。ほら、飲むだろ?」 缶コーヒーを差し出す。 青年はレザーパンツの股の辺りで手のひらをゴシゴシしてから缶を受け取った。 「あ、ありがとうございます。ご馳走になります」 礼儀はわきまえているようだ。 青年は愛車の脇にうずくまるようにして座ると、両手で缶を包み込んで口に運んだ。身体が小刻みに震えているのが分かる。 彼は口髭に手をやりながら、フウンと鼻を鳴らした。 「きれいなもんだ」 「?」 青年が目だけを彼に向けた。 「チェーンも弛んでいないし、タイヤの減り具合も悪くない。マフラーはKERKERか。ワックスも丁寧に掛けてある。相当可愛がっているね」 青年は縁石に缶を置くと、落ちてきた前髪をかき上げた。 「バイク、分かるんスか?」 彼は笑った。 「ああ。好きだね。もう乗らなくなっちまったが、やっぱり好きなモンは好きさ」 興味半分の無神経オヤジならスピードを出すなうんぬんと説教を垂れ、仕舞には『そんな危ないものに乗るな』とか『雨の中で単車に乗る気が知れない』とか言うものだ。そうでなくとも青年の愛車にベタベタ触ったり勝手に跨ってみたりと、無礼な行為の数々を平気でやってのける。だが、この白髪頭のヒゲオヤジは違っていた。 青年の目に現れていた警戒感がほんの少しだけ和らいだ。青年は僅かに上目遣いで彼を見ている。捨てられた犬のように。 「あの・・・濡れちまいますよ」 濡れるのを心配していると言うよりむしろ『もう構わないでくれ』という意味に近い響きがあった。 彼は細身のターボ式ライターでセブンスターに火を点けた。 「じゃあ、きみも来い。何か食おうぜ」 「いや。オレ、いいっス」 「まあ、いいじゃないのよ」 そう言うや否や、彼はニンジャに差しっぱなしになっていたキーを抜いてスラックスのポケットに入れてしまった。 「げ!うそ!待てよ!ちょっとッ・・・・」 抗議する青年を無視して、彼はスタスタと歩き出した。紫煙が背後にたなびく。 二、三歩後ろをしぶしぶついてくる青年に、 「ちなみに俺の愛車、アレね」 と、白いチェイサーを指差して見せて、 「な?覆面じゃなかったろ?」 と笑いかけた。目元にくっきりと笑い皺が刻まれる。人懐こそうな笑顔。 一方で青年はぶーたれている。 「ひとのモン盗ったら犯罪でしょうが。鍵、返してくださいよ」 「ラーメン一杯付き合ってくれたら返すよ」 「・・・・・・」
ずぶ濡れの青年の尻の下には古新聞を敷かせて、彼はラーメンを啜り始めた。青年は紅ショウガを器の端に取り除けようとして苦戦している。冷え切った手先では、箸どりもおぼつかないのだ。 そこへ彼が箸を伸ばして、紅ショウガをチョイチョイと摘み上げると、口に入れてしまった。子ども扱いされているようで、青年は一瞬ムッとしたが、あえて無視してスープを啜り始めた。冷え切った身体に、腹の中から温かさが染み渡っていく。 「・・・・うまい」 吐息混じりに小さく青年が言ったのを彼は聞き逃さなかった。
ラーメンを食べ終わった青年がプラスチック製の湯呑みをもてあそんでいると、髭の男が名刺を差し出した。青年は湯呑みを置くと甲斐甲斐しくそれを両手で受け取った。 名刺には『(有)徳川酒類販売店 代表取締役 徳川博康』とある。住所は横浜だ。 「持っとけよ。何かの役に立つこともある」 「はぁ」 気のない返事をしてから青年がぽつりと 「・・・お武家さんか何かですか」 徳川の口元に笑みが浮かび、明るい灰色の口髭がふと動いた。 「生憎だがトクガワじゃねぇ。濁らないでトクカワだ。初対面だとまず九割は間違われる」 「意外とそれを楽しんでるんじゃないんスか?」 徳川は『そのとおり』と声を立てて笑った。そして、 「よかったらきみの名前も教えてくれないか」 青年は少し間をおいてから 「ムコウダです。向田邦子のムコウダ。オレ、名刺とかなくって・・・すンません」 「向こうの田んぼって書くアレだな。下の名前は?」 「ショウ・・・ショウイチです」 徳川はフンフンと、納得したように小さく頭を動かした。
二人は建物の外に出た。サービスエリアの眩い明かりに、ごく細かい霧雨が映っている。 「付き合ってくれてありがとよ。じゃ、スピードは程々に。気をつけてな」 あっさりと別れを告げると、徳川は向田にニンジャのキーを手渡した。 まっすぐに自分の愛車に戻る。チェイサーのシートでセブンスターを燻らしていると、不意に猛烈な眠気が襲ってきた。ここまでの運転疲れが満腹を機に頭をもたげたらしい。 「いいねぇ、若いモンは・・・」 ニンジャのテールランプが小さな点になっていく様子をぼんやりと見送りながら呟く。そして諦めたように、シートを限界まで倒して眠りに落ちた。
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不意にけたたましい電子音が響いた。徳川の身体が一瞬びくりと跳ねる。携帯電話の着信音で、有名刑事ドラマのテーマが高らかに奏でられている。 すぐには電話を取らずに、徳川は面倒くさそうに腕時計を拾い上げると時間を確認した。起きようと思っていた時間にあと十五分あった。 「・・・・はい。ヒロです」 いかにも寝起きという声で電話に出る。電波の向こうの人物は、一つ咳払いをしてから話し始めた。 『寝てたか。悪ィな。話せるか?』 徳川が横浜の自宅に帰りついたのは明け方近くで、それから軽く汗を流してから布団に潜り込んだのだった。 「・・・・この前も弓削さんに起こされませんでしたかねぇ?」 『おまえが寝虫なんだよ。年寄りは早起きするもんだ』 「じゃあ、俺が若いって証拠ですね」 『ああ?』 「ああ?ってねぇ。俺は弓削さんと一回り以上違うんですから。一色単にするのだけは勘弁してくださいよ」 カーテンを開ける。差し込んできた朝日に目を細めながら、徳川は携帯電話を片手に台所へと移動した。電波の向こうでサイレンらしき音が短く響いた。 『電話賃が掛かるから無駄口はもういい。単刀直入に聞くが、ム・・・ダって若ぇのに知った奴が・・・か?』 弓削の口から出た名前に、徳川は勢いよく出していた水道の水を止めた。 「なんですって?もう一回」 『ム・コ・ウ・ダ。向こうの田んぼのムコウダを知ってるかって訊いたんだ!』 聞き覚えのある言い回し。徳川は少なからず動揺したが、ふうと鼻から息を吐いて、 「そのムコウダさんがどうかしたんですか」 『思い当たるか?そうなんだな?』 「さあ。ムコウダとだけじゃあねぇ。たとえばどんなナリです?」 弓削は沈黙した後で『とにかく署に来い』とだけ言い残して電話を切ってしまった。 徳川はがくーと項垂れた。 「俺の本業のこともちったぁ考えろよ・・・」 代表取締役の地位も危うく感じられてきた徳川だった。
徳川の運転する白い車が警察署の駐車場に滑り込む。すると建物の陰で煙草をふかしていた中肉中背の男がコロコロと小走りに近づいてきた。先刻の電話の男、弓削明だ。 徳川が白線の四角い囲みの中に車を停めると、弓削は助手席側の窓を小突いた。 「駐車せんでいい。おれを乗せてすぐに出せ」 「お偉いさんが仕事ほっぽいていいんですか」 「こいつも仕事のうちだ」 弓削は助手席に乗り込むとシートベルトを締めた。 「しかし左ハンドルってぇのは何度乗っても落ちつかないもんだな」 今日、徳川は白いBMWを運転してきた。『ムコウダ』と称する人物と口を利いたのは昨日の今日のこと。同じ車で行動することは避けた方がよいだろうと判断したのだ。 「弓削さんは外車はお好きではなかったですね」 「乗れるもんなら乗ってもみたいさ。おまえさんくらい上背と収入があったらな」 徳川の右側にある助手席で、弓削はあまり長くもない脚を組んだ。その様子を目の端で見ながら、徳川はこんなことを考えていた。 (俺は弓削さんの年甲斐もなく黒い頭が羨ましいですよ)
弓削は徳川をある場所に向かわせた。詳しい話はそこですると言う。 四十分くらい車を走らせると、目的の場所に到着した。ある医療法人が経営している総合病院で、規模はかなり大きい方に入る。 立体駐車場の入り口で、徳川は弓削に駐車券を取ってくれるように頼んだ。 「おれがいなかったら、わざわざ降りて行って駐車券を取るんだろ?やっぱり左ハンドルには乗るもんじゃないな」 徳川は『どうも』と駐車券を受け取ると、 「もしかしなくともたっちゃんに会うんですか?」 「分かってるんなら訊くな。おい。あそこが空いてる」 弓削が指差したスペースにBMWを停めると、二人はエレベータを使って一階に下りた。正面玄関から病院内に入る。待合室には通院患者や見舞い客が大勢いて、不健康な賑わいを見せていた。彼らの間を縫うように抜けて、二人は医師専用のエレベータに乗り込んだ。五階でエレベータを降り、渡り廊下伝いに別棟にはいる。 二人は白い扉の前に立った。扉には『T.KAJIKI』とある。岩跳びペンギンの絵のついた可愛らしい表札だ。 「梶木先生、おられますか」 弓削がノックをした。 ドアが開いて、白衣を着た小柄な男が現れた。彼の名は梶木達矢。この総合病院の勤務医で、専門は外科だ。三十代前半の、なかなかのハンサムガイ。短く切った髪をツンツンに立てている。 梶木は弓削を認めてから、視線をふと弓削の後ろへとやった。 「あ、ヒロさんも。あれ?今日は酒屋は休みですか?」 徳川は軽く頭を横に振って見せた。 梶木は弓削と徳川を部屋へと招き入れた。 「休み時間か?」 「さっき手術が終わったばかりで」 「たっちゃんはちっちゃいけれどパワフルだもんねぇ」 徳川の言葉に、梶木は『取り柄はそれだけですよ』と笑った。 「ヒロさん。こないだの傷痕はどうですか」 梶木は徳川を見上げて話し掛けた。梶木のツンツン頭は徳川の顎の線までしかない。 「ああ。もう残ってないぜ。形成手術っていうのは偉大なもんだ」 梶木を見下ろすようにして応えた徳川を、弓削が肘で突付いた。 「てめぇの話は後回しだ。たっちゃん。あの患者はどうしてる」 梶木は徳川に一瞥をくれてから弓削に視線を戻した。 「食事は全然と言っていいほど食べてくれませんね。相変わらず」 「だんまりのまんま、か。厄介なのを預けちまったな」 「いいえ。暴れたりされるのよりはずっとマシですよ。以前のアル中患者なんか、ひどかったから」 どうやら『ムコウダ』の話をしているらしいと徳川は思った。彼らの言う『ムコウダ』は、あの青年なのだろうか。 盆に湯呑みを三個乗せて、梶木が別室に入って来た。上等な緑茶の爽やかな香りが部屋いっぱいに広がった。 「お待たせいたしました」 「出たな。グラム三千円」 「ブー。三千六百円です」 梶木にはまだ助手がいない。自分の茶は自分で煎れるしかない。 「で、弓削さん。ヒロさんに話は?」 「これからだ」 「わけも分からず運転させられて来たんだぜ。善良な市民の生活を脅かす刑事なんて」 テーブルの下で弓削に脚を蹴り飛ばされて、徳川は口をつぐんだ。 弓削は緑茶をぐーっと飲み干すと、懐から手帳を取り出した。それから手帳に挟んでいた写真を徳川に差し出した。免許証の写真を拡大したような不自然な写真だった。 「こいつを知っているな」 茶髪に少しワイルドな顔立ちの青年だった。 「さあ」 「とぼけるな。おまえの名刺を持っていたんだ。どこかで接触があったんだろうが」 「付き合いは広いですからねぇ。この写真のボーヤは何と言っているんです?」 「たっちゃんが言ったとおりだ。だんまりを通していやがる」 「と言うよりは塞ぎ込んでいるって感じですよ。メシも喉を通らないし。それに、泣いている様子もありました。すごく不安がっているみたいで」 「そいつは可愛そうにな。そうは思わんか、ヒロよ」 「・・・・・」 二対一では分が悪い。完全に悪者になった徳川は、口をへの字に曲げて、ふうと鼻から息を吐いた。 「わーかった。解かりましたよ。認めますよ。会いました。ゆうべ。富士川サービスエリアで。あの大雨ン中を雨具も着ずに単車で突っ走って来たらしくて。気に入ったもんで、一緒にラーメンを食ったんです」 「それから?」 「それからって?」 「車に引っ張り込んでどうこうした訳じゃないんだろうな。後ろめたいことをしたもんだから、言い辛かったんじゃないのか」 徳川は冷めた視線を弓削に送りながら、 「そんな余裕なかったですよ。車の中で寝コケて、目が覚めたのが十時ニ十分くらいでしたか・・・それからトイレに行ったり自販機でコーヒーを買ったりして。サービスエリアを出たのは十一時を回っていました」 弓削は黙って聞いている。 「ちなみに証人はN運輸の運ちゃんです。煙草を勧めて話をしましたから」 弓削がむうと唸った。 「アリバイはあるんだな。向田が事故した時間には、おめぇさんは夢の中だったって訳だ」 「事故?」 徳川の視線が梶木に向く。 弓削が手帳を見ながら一つ咳払いをした。 「富士〜沼津インター間の高速バス乗り場前でな。単車は、ホレ。このとおりだ」 現場の写真。美しかったニンジャは悲惨な状態になっていた。写真をじっと見詰めている徳川を気の毒に思ったのか、梶木が口を挟んだ。 「弓削さん。意地悪はなしですよ。ヒロさんの心配を煽ってどうするんですか。ヒロさん、向田君に怪我はありません。安心してください。走行中に具合が悪くなってバス乗り場の陰でもどしている最中にガチャーンとやられたらしいんですよ」 徳川の頬の筋肉がピクリと痙攣した。 「ガチャンとやられて火まで掛けられたってぇのか?このコが何したって言うんだよ」 弓削はもう一杯茶をくれと湯呑みを差し出しながら、ぼそりと言った。 「ハジキの部品が出てきちまったのよ。向田は今のところ重要参考人扱いだ」
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テーマ:自作BL小説
- ジャンル:小説・文学
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