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3 確執(4/4) |
その頃、向田松院は中規模の書店に逃げ込んでいた。ゲームセンターでは危険そうだし、喫茶店などで時間を潰そうにも持ち合わせが殆どない。街中をうろつくことがどれだけ馬鹿げている行為か、向田には分かっている。自分が目立つ人間だと言うことが嫌と言うほど分かっているのだ。 義務教育のことからろくでもない目に遭ってきた。自分から望むはずもないのに、不良グループから目を付けられる。被害が兄弟に及ぶこともあった。バイクに乗れば族と一色単に見られて、警察官ともめたこともある。 向田は無意識のうちにバイク雑誌を手に取っていた。ビッグバイクの欄を開くと、見開き一杯に赤いニンジャの写真が載せられていた。ほんの何日か前まで自分の愛車だった。愛車というより相棒、いや、分身と呼ぶにふさわしい存在だった。 人間が信じられなくてバイクに逃げ込んだ。逃げ込んで、のめり込んだ。周りの誰もが優しい顔の下で自分をせせら笑い、それどころか無関係を装う中で、バイクはいつも傍にいてくれた。傍にいて、ちょっと小首をかしげたような愛嬌のある格好で自分だけを見つめていてくれた。 自分だけを見つめていてくれるもう一つの存在があった ―― 向田清真。弟清真はいつも自分の後を追って来た。 『兄ちゃん、オレも免許取った!』 『バカヤロ。やめとけっつったろ?オフクロがひっくり返ンだろうが』 『弟は兄貴の背中見て育つもんでしょーが』 『カーッ!じゃあ、バイクでは死なねぇって約束しろ』 『大丈夫だよ。事故しないから。死なないから』 向田は溜息した。 死なないから――しかし弟は死んでしまった。オートバイで走行中に、交通事故で。 葬儀には森光発動機の幹部も出席していた。チームメイトも全員参列してくれた。彼らが大泣きしていたのとは対照的に、表情一つ崩さない者がいた。喪主を務めていた、父親だ。 葬儀のときの父親の表情。その後の確執と激しい口論。それらが一気に思い出されて、向田の胸には抑えようのない怒りがこみ上げてきた。 (清真のために泣きもしない奴のところなんかに絶対帰ってやるもんか!!あのクソオヤジが死ねばよかったんだ!!) そのときトンと肘を突付かれた。冷や汗。硬直したまま目の隅で状況を窺う。 背の高い女が自分の脇を擦り抜けて行った。彼女のバッグが触れただけだった。 (なんだ。ビビらすなよ・・・・) 向田はあからさまに店内を見回した。 店内の各所にまばらに人がいる。店の入り口付近に若い男が二人いた。雑誌を手に何か話している。 向田はそろそろ隠れ場所を変えるか徳川の事務所に戻るかしようと考えた。バイク雑誌を棚に戻して店の入り口に向けて動き出そうとした時だった。 「しょーちゃん!」 背中側から名を呼ばれた。小声ながらも、ハッキリと。 「ゲッ!」 一瞬振り返ってから、慌てて店を出ようと歩調を速めた。と、先刻から店の入り口付近にいた男たちがこちらへ視線を向けているのが分かった。 目つきが違う。 向田は靴底がギュッと音を立てるほど急停止した。 「しょーちゃん、こっち!」 加藤蒼士の鋭い声が店内に響いた。店員がこっちを睨んでいる。 前進するか、後退するか。向田は立ち止まったままうろたえていた。焦って混乱した向田の脳が出した答えはこうだった。 二対一では分が悪い。 向田は踵を返して、男たちに背を向けて走り出した。 男たちは静かに追ってくる。 走り寄って来た加藤が向田の脇を擦り抜けざまに 「このまま裏に抜けて!」 「わっ、分かった」 加藤が向田と男たちとの間に割って入った。目で威嚇するも、男たちは追う脚を止めない。二方向に分かれずに追って来てくれたのが救いだった。加藤は自分も裏口に向けて走り出した。 向田が裏口を抜けた。加藤が続く。そして、男たち。 「ヤベェ!」 男の一人が急に足を止めて、ひっくり返りそうになりながら違法駐車の車の陰に隠れた。まるで腰を抜かしたような無様な格好。もう一人も、わけがわからぬまま後に続いた。 加藤が低く構えた格好で、男たちに銃口を向けていたのだ。白昼堂々、STRAYER―VOIGTがピタリと照準を合わせている。 男たちが怯んだ隙に加藤が走り出した。小者相手に発砲するほど馬鹿ではない。 すばしこい加藤はあっと言う間に向田に追いついた。 「なんでンなもん持ってんだよ!ここはニッポンだぜ!」 「いいから走る!」 脚の長さの違う二人だが、一定の間隔は乱れない。 息を切らした向田がそろそろ駄目だと感じたときだった。加藤が向田の身体を小路に向けて弾くようにして押しやった。 「しょーしゃんはそっちへ!まっすぐ行って!」 分かったと頷きながら向田は言われるままに小路に走り込んで行った。 僅かに遅れて二人組みが追ってきた。加藤はタイミングを計って物陰から飛び出して銃口を向けた。男たちは二手に分かれて物陰に飛び込む。一人が口径の小さい拳銃を持っていた。物陰から加藤に銃口を向けている。 加藤はサッと身を翻すと、反対側の路地に飛び込んだ。 「ヤロォ!」 男の一人が吼えた。二人ともまだ追ってくるようだ。 加藤は自分の演技にまんまと引っかかった馬鹿な男たちが可笑しくて、笑いながら走った。
路地奥まで追ってきた男たちの前には、既に人影はなかった。
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テーマ:自作BL連載小説
- ジャンル:小説・文学
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