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4 真実(2/3) |
深夜の呼び鈴。徳川の住処で待機していた加藤蒼士はエントランスホールに転がり下りていった。 「ヒロさんてば!ホラ、もうちょいだから歩いてよ。僕はオンブも抱っこできないんだから」 「う〜・・・すまん」 明らかに顔色の悪い徳川を引きずるようにして加藤は最上階の部屋まで連れ込んだ。玄関に入るなり倒れこむ。 「あ〜重いッ!ヒロさん大丈夫?気持ち悪い?」 「・・・・・・」 「ここで寝ないの!ああ、もう」 徳川を玄関に転がしたまま加藤は布団を敷きに座敷へ上がった。徳川の部屋に誰かが居ることが分かっていれば“葵”の女将も電話の一本もくれただろうに。そうすれば準備万端で酔っ払いを迎えられたのに。 「弓削さんもなんでヒロさんに飲ますかなぁもう」 ブツブツ言いながら押入れの布団を引っ張り出す。 「二人も酔っ払いの面倒見るなんてツイてねぇ〜ッ!」 酔っ払いが二人。徳川博康と、もう一人は向田松院だ。 加藤が立川香奈の店に迎えに行ったとき、向田はいい感じに酔っていた。徳川といきなり鉢合わせでは可愛そうなので、加藤はとりあえず向田を風呂に入れることにした。本来なら酔いの回った状態で入浴なんてすべきではないのだが、向田ならまず大丈夫だろうと踏んだのだ。タイミング良く擦れ違いになってくれたのは幸いだったが、肝心の徳川は正体が無くなるほど酔っている様子。手間が二倍になって加藤はキリキリ舞をするハメになってしまった。 「木庭さんに残ってもらってりゃ良かった」 加藤がドタドタと玄関に戻ると、徳川は起き上がって壁に凭れていた。 「ヒロさん立てる?気持ち悪くない?」 加藤は床に膝をついて徳川の顔を覗き込んだ。閉じられていた瞼が上がって鳶色の瞳が加藤を認めた。白眼が赤くなっている。 「大丈夫?」 徳川が加藤の肩に腕を回した。肩を貸して立ち上がらせるべく加藤が足腰に力を入れたときだった。徳川がことのほか強い力で加藤を引き寄せた。力負けして加藤は徳川の胸に倒れ込んだ格好になった。 「ちょっ・・・ヒロさんてば」 徳川は腕の束縛を解こうとはしない。抗議する加藤の額から鼻筋にかけて、徳川の口髭が滑る。そして口髭は加藤の上唇に触れた。 「酒臭い」 本当は酒より煙草の匂いの方が勝っていたような気がした。加藤の抗議が耳に入ったのか入らずか、徳川の唇が加藤の唇を塞いだ。無理やり口を開かせるようなことはしない。くすぐるようにそっと舌先が触れてくる。加藤は薄く唇を開くと徳川に口づけを許した。愛を確かめるでもなく、また熱情をぶつけてくるものでもなかった。癒しを請うような静かで悲しい口づけだった。 長い口づけの果て、徳川の唇は加藤の顎のラインを辿り始めた。いい加減頭に血が昇りそうになった加藤は徳川からつと身体を離した。 「これ以上はダメ」 「ここじゃ嫌か」 「しょーちゃんが戻ってるんだ」 加藤のまっすぐな瞳に徳川がふと表情を緩めた。 「そうか。連れ戻してくれたか。ありがとう蒼士。ご苦労だったね」 膝立ちになった加藤は徳川を僅かに見下ろすような格好で 「それに・・・僕にはもうニコがいるから。裏切れないよ」 一瞬の間を置いて徳川が目を丸くした。 「ニコ・・・ニコって、ニコライか?年中白無垢のニコちゃん?」 加藤は可笑しそうに『うん、そう』と頭を動かした。 徳川がフラーッと後ろへ傾き、後頭部を壁にゴンとぶつけた。あからさまに『信じられない』の表情を見せている。 「あっ・・・あのときあれだけ用心しろって言ったろう?あーあとうとうヤラれちまったのかよ。信じらンねぇなあいつ。蒼士にまで手ぇ出すなんて」 「類友のくせに」 「あれと一緒にすンな」 加藤はクスクスと笑っている。徳川はしょうがないなと渋い顔。 「しょーちゃんに同じことしちゃダメだよ。免疫なさそうだから」 加藤は笑って徳川を立ち上がらせた。徳川は、もう一人で大丈夫だからと、多少ふらつきながらも自分の足で布団に向かった。 加藤がキッチンで氷水を用意していると向田が通りかかった。 「あ、しょーちゃん。ちょっと」 加藤は向田を手招きして徳川が帰宅していることを伝えた。 「結構酔っ払ってるから。座敷に布団敷いて先に休ませた。しょーちゃんは奥の仏間で寝てもらっていい?布団はもう敷いといたから」 「ああ、うん」 直接顔を合わせずに済むとはいえ、向田の顔からは気まずさが消えていない。既に明日の朝のことを心配しているようだ。 「蒼士は泊まンの?」 「泊まるよ。ヒロさんの番犬だからね。しょーちゃんはヒロさんのことを考えてあげて。なんだか落ち込んでるみたいだったからさ」 向田は『了』と頭を動かした。
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襖一枚向こうで徳川が寝息を立てているのを確認してから、向田は仏壇の扉をそっと開けた。キィーという小さな音がして、一瞬ぎょっとした。きょろきょろと周囲を窺う。人目はない。
『マサミくんは長いこと博康さんの助手をしていたコよ。聞いたところじゃ十年くらい一緒に住んでたんじゃないかしら。本当の名前が何ていうのか、あたしは知らないまんまだったけど。マサミっていうのは博康さんが付けた名前なんですって。シンジツと書いてマサミ。歳?生きていれば今年で三十一かしら。この間三回忌だったから。そうそう。あんたが高速で事故した日よ。博康さん、三回忌の法要の帰りだったの』
仏壇に置かれた写真立て。鮮やかな青色のシャツを着た青年がこちらを見て笑っている。細身ですらっとしているような感じを受けた。短く刈った頭。綺麗な玉子型の輪郭。口元には八重歯が覗いている。 (あれは真実さんの・・・ああ、そうだったんだ・・・) 向田が最初にここへ来たとき、徳川が着替えにと出してきてくれた物と同じだった。袖を通したとき、ほんの少しだけ箪笥の匂いがした。 向田はその写真をぼんやりと眺めた。脳裏には立川の言葉がぐるぐると回っている。
『仲が良いなんてものじゃなかったわ。ツーカーの仲って、ああいうのを言うのね。正直、辛かった。あたしの入る隙なんて全然なかったもの。女のあたしが勝てなかった。真実くんが亡くなった後もおんなじ。辛いより悔しかったし情けなかったわ』 本当に徳川さんが好きなんですねと向田が言うと、 『好きよ。どんなに愛しているか知れないわ。でもあのひとにとって私はただの女。何人かいる助手や仲間のうちの一人にしかすぎないの。それでいいじゃないって自分に言い聞かせてる。最低な生き方してた私を拾ってくれて、お店まで持たせてくれたのよ。だからお店をきちんと続けて彼に認めてもらえていれば、それでいいじゃないって。高望みはナシ』 立川は水割りの入ったタンブラーをしばらくもてあそんでいたが、 『ごめんなっていうの。博康さん、私の気持ちを知ってて』 それからぽつりと言葉を漏らした。 『・・・・女って損ね』
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テーマ:自作BL連載小説
- ジャンル:小説・文学
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